Skip to content

奈岐編 注釈七

7-1
状況
穢れを拘束する奈岐、一対の力で穢れの魂を見る
時間

場所

設定
伏線(大)
f7-24, 見鬼 / F9-25, 巫女の真実 / T18-14, 穢れの調査 / F1-3, 戦の奉納 / T8-9, 神狼伝説

奈岐“「予定通り、見鬼の業でコイツを視る。今は鼎と繋がっている状態だから、
もしかしたら鼎にも影響が出るかもしれない」

鼎「それって、私にも穢れの声が聞こえるかもしれないの?」

私の問いかけに奈岐は困ったような息を吐く。

奈岐「……《声》ならいいんだが、頭がおかしくなるような絶叫をあげている場合もある」

「その時はすぐに目を背けないと、精神をやられるかもしれない」

鼎「……分かった、注意する」

私が頷いたのを確認した奈岐が再び穢れに向かう。

氷像と化し、頭部だけが剥き出しになった化け物の姿が目に映る。

奈岐「さて――答えろ。何故、お前たちは巫女を狙う? お前達は何者なんだ?」

「穢れた存在よ、私の姿をみて何も分からないのか?」

「私は鬼子だ。伝えたいことがあるならば、頭の中で言葉にしろ。全て読み取ってやる、いいな?」

意外なことに奈岐の言葉を聞き分けたのか、穢れの叫び声が静まっていく。

そして……。

鼎「えっ……?」

まるで幻覚を見ているかのように、目の前がぐにゃりと歪んだ。

視覚に引きずられて、足元が不安定になる。

これは……何?

奈岐「複数の思念だと……? 何だ、これは……?」

同じものを見ているのか、それとも全く別のものを視ているのか、奈岐が険しい顔をしたまま、穢れを睨み付けている。

その穢れは氷漬けにされたまま、身動き一つ取っていない。

ドクンッ――。

耳元で一際大きな心音が聞こえた気がした。

同時に視界が闇に閉ざされていく。

穢れから目を逸らさないと――そう思った時には、もう私の身体は霜の降りた草木に投げ出されていた。

闇の中、これは自分の意識でないことが分かる。

感覚的に違う。

誰かの意識を覗いているような感覚だ。

それに気付いた私は……一歩後ろから、彼女達を見ていた。

黒髪の少女「今の状況、把握出来ますか……?」

鬼子の少女「この空洞に風の流れは無い。退路は断たれている」

「それに加え、四方を穢れ達に取り囲まれている。数は十、二十、三十……数えるだけ無駄か」

黒髪の少女「これを祓うため……私達は巫女に?」

鬼子の少女「お嬢、そんなことも気付いていなかったのか」

「私達は贄だ。織戸伏が次の一年を無事に迎えられるための礎となる――それが巫女の務めだ」

黒髪の少女「で、では……松籟会は私達を殺そうとして……?」”

鬼子の少女「さてな――鬼子といえど、自分の命は惜しい。死にたくはない」

黒髪の少女「生き延びる方法は?」

鬼子の少女“「一つだけ。御魂の力を私に――穢れの一角を突破。その後、ここへ入った扉を破壊して外へ。それだけだ」

黒髪の少女「っ……分かりました」

鬼子の少女「くっ!? 何だ、この扉は!?」

黒髪の少女「ひ、開かないんですか? もうそこまで穢れが……」

鬼子の少女「くっ、今やっている! まさか霊石と同じ素材を使うとは……
松籟会め、巫女を逃すつもりは毛頭無いということか!」

「外道共めっ! 聞こえているなら、ここを開けろっ!」

「鬼が贄となる――それは構わないっ! だがお嬢は貴様達と同じ人間だぞっ! 人殺し、贄とするつもりか!?」

黒髪の少女「……っ」

「穢れが……き、来ました……でも……こ、この数は……」

鬼子の少女「くそっ……どうりで誰も戻って来られないわけだ」

「奴らは私がやる。お嬢は扉を開くんだ。御魂を分かつぞ」

黒髪の少女「そんな無茶です……!」

鬼子の少女「問答する暇は無い」

黒髪の少女「待って下さい! それなら……せめて二人で」

鬼子の少女「…………」

「お嬢! おい、意識をたもて! 穢れに呑まれるぞ!」

「くっ……出血が酷い……お嬢っ、返事をしろ!」

黒髪の少女「私はもう……どうか、最期は人としての死を……」

「穢れに……呑まれるのだけは……」

鬼子の少女「っ……」

「分かった……それが望みであるならば」

黒髪の少女「すみません……ずっとあなたには迷惑ばかり……」

「そんなことはない。お嬢は鬼子に対し、人として接してくれた。それだけで充分だった」

黒髪の少女「ありがとう……ございます……」

鬼子の少女「礼を言うべきは……私の方だ」

「はぁ、はぁっ……和魂を欠いた時点で勝機は無いか」

「私の魂が穢れに呑まれ、消えるというのならば……せめて、この記憶だけは……」

「連綿たる因習の事実を……後世に……」

「せめて、私達が生きた証を……誰かに……!」

鼎「ッ……!?」

意識が戻り、私は慌てて身体を起こした。

夜の森、霜の降りた草――あの薄暗い場所じゃない。

鼎「今のって……穢れの記憶……?」

でも、私が見たのは巫女が穢れに喰われて……。

あまりにもリアルな記憶だったので、吐き気すらこみ上げてくる。

鼎「この穢れは……もしかして、さっきの巫女……?」

軽く眩暈を覚えながらも私はゆっくりと立ち上がった。

奈岐「――――」

奈岐は無言で佇み、目を閉じている。

意識があるのか疑問に思えるぐらい微動だにしていない。

ただ穢れは氷に閉じ込めたまま……奈岐が力を使っている証拠だ。

鼎「奈岐……?」

奈岐「――鼎も同じものを見てしまったようだな」

奈岐は目を開き、僅かに私を見た後、穢れへ視線を戻す。

「ようやく、穢れが霊的な存在である理由に合点が言った……」

「穢れは……命を落とした巫女の魂、その成れの果てか」

薄々と分かっていたけれど、はっきり言葉で聞くと怖気立つものがあった。

忌むべき穢れが……皆が望んだ巫女、その成れの果て。

「歴史の中、穢れとの戦いで命を落とした巫女もいたと聞いたが、どうやら認識を改める必要があるらしい」

奈岐は片手を穢れに向けると、冷気を集束させていく。

「贄として、巫女を穢れに喰わせる……それが儀式の正体か」

「ただし贄の効果は一年しか持たず、翌年に新たな巫女が必要となる」

突きだした奈岐の手に氷が形を成し、一振りの短刀と化す。

「一年の周期か……何のための贄だ……?」

奈岐は考えを振り払うかのように短刀を構え直した。

「いずれにしても……もうそのおぞましい姿でいる必要は無い」

「せめて安らかに眠れ」

奈岐は地を蹴り、氷漬けにされたままの穢れへ飛びかかる。

穢れは抵抗することなく、役目を終えたように動きを止め、そして……そのまま奈岐に首を刎ねられた。

ほどなくして穢れはうっすらと発光する無数の球体となり、虚空に消え去っていく。

「鼎、この事は誰にも話すな」

星霊石に冷気を集束させ、奈岐は元の制服姿に戻る。

鼎「でも……巫女が故意に生贄にされているって……」

奈岐「下手に混乱を招く。それに誰もこんなことを信じない」

「まだ幻覚を見たと言う方が通じるぐらいだ」

鼎「…………」

学園に通う者の誰しもが、巫女に対して、強い憧れを抱いている。

そして、巫女候補となった者はその事を誇りに――また選ばれなかった学生達は羨望のまなざしを向ける。

私は……因習としてそれが成り立っていることに恐怖すら覚えた。

何らかの生贄となり、死を強要させることを皆が皆、望み、その座を競い合っているのだ。

奈岐「鼎、この真偽を確かめる必要がある」

鼎「真偽って……でも、誰に?」

奈岐「こうなることを予想していた人物だ」

奈岐は茂みの向こうを――違う、もっと遠いところを睨み付ける。

「……そろそろ禰津が戻る。何を聞かれても、穢れのことは喋らないでおいてくれ」

鼎「奈岐……分かった。でも、あとでちゃんと教えて。誰にこの事を話して確かめるつもりなのか」

奈岐「…………」

奈岐は遠くを見つめたまま、分かったと私に頷いてくれた。

その後、すぐに私達の名前を呼ぶ八弥子さんの声が聞こえてくる。

八弥子さんの無事に安堵するとともに、巫女という存在に対して、私は……えも言われぬ恐怖を感じてしまった。”
伏線(小)
テキスト
脚本
⇒鬼子の少女と、奈岐の姿は重なる。神狼伝説の神狼然り。

⇒この場面を直接描いた事は非常に効果的。これを伝聞や、暗転した中で声だけを聞かせた場合、効果は半減したはず。
過去という真実を見せるにあたり大切なのは、なるべく短くかつ鋭いのが良い。
長時間かけて過去に実在感を持たせ過ぎれば、最も重要な現在が揺らぐ事になる。
過去の為の現在ではなく、現在の為の過去でなくてはならない、と筆者は考える。

⇒ここまで巫女の真実の伏線、穢れの調査、末来さんの言葉、見鬼の業、鬼子の存在、神狼伝説、
御花会、祭りを仕切る松籟会などの全てがこの場面という一点に集束される。

⇒素材としては、何か真新しいものを用いた訳ではないが、
ここまでの地道かつ巧みな構成が、この場面を優れたものにしている。
物語に魂が宿るかどうかは、素材ではなく構成によって決まるのである
演技
演出 ⇒重要な場面を演出するには、その場面専用の曲が大事 (4-2 演出)
作画
補足






7-2-1 7-2-2
状況
穢れの真実を八弥子には伝えず、帰路に付いた二人。
翌日の朝に理事長の元を訪ねる。不在、昌次郎が応対。
本戦の予定を立てる為に外出中、週末まで戻らないとのこと。
居場所を訊くも、答えない昌次郎(対見鬼用の心得がある)。
授業を無視し、森へ向かう二人。巫女の記憶に見た場所と、
祠の関連性に気付く奈岐、理事長が向かった
可能性もあるという
祠に辿り着く二人。洞窟にある岩は巫女の記憶にあった
光る岩と同質だと判明。奥へ進もうとすると、
昌次郎が数人を引き連れて入口から現れる。
戦闘を
開始する奈岐と昌次郎。次いで頼継が現われる。
奈岐、昌次郎を無力化。頼継に交渉を持ち掛ける奈岐。
応じる頼継。見鬼の術で意識共有を図る。
煽る頼継、激昂する奈岐。巫女選定の席は空けておく
とのこと。頼継ら、祠へ向かう。奈岐、泣き崩れる。
介抱する鼎。寮へ帰る二人
時間
三十四日目・朝
場所
学園・理事長室前 ~ 森

設定
伏線(大)
伏線(小)
テキスト
疑問十, 儀式の必要性

“あの二人だけじゃなくて、
もっと多くの巫女が犠牲になっている。

そうまでして続ける必要がある儀式っていったい?”
T26-1, 奈岐の真意 / T20-21, 奈岐への想い
T21-16, 鼎への想い

頼継“「あっはは、楽しいねえ!
やっぱりキミは鬼子たる鬼子だ!」”

“「だけど、キミは鬼じゃない――そう、確か神狼
だったかな? その気高さに足をすくわれてるよ?
あっはは!」

奈岐「くっ、黙れ……黙れ黙れっ!!」

突然、激昂した奈岐が胸の星霊石に手をかける。

鼎「な、奈岐っ!?」

大気に氷の粒が漂い始める――奈岐は本気だ。

昌次郎「頼継様、お下がりください!」

頼継「だーいじょうぶ、向山奈岐は僕に手を出せない」

薄ら笑いを浮かべながら、理事長が奈岐へ歩み寄る。

「キミにとっても、僕にとっても……きっと何もかも
茶番なのさ」

「でもさ意識下で分かっていても、言葉にしなきゃ、
人間には伝わらないんだよね。」

奈岐「……やめろ」

頼継「高遠鼎も知りたいんじゃないかな?
キミの考えを、さ」

奈岐「やめろ……やめろっ!」

さらに冷気が強まり、奈岐を中心に
草木が凍てつき始める。

頼継「……孤独はね、猜疑心を強める格別の
スパイスだ。独りぼっちの神狼はそんな中で希望を
見いだした。」

「そして、選択の場に立たされた神狼は……利己に走る」

奈岐「それ以上喋るなっ!!」

怒声と同時に氷の塊が弾け飛び、
突風のように冷気が駆け抜けた。

頼継「一応、巫女選定の席は空けておくよ」

奈岐の怒りに動じることなく、
飄々とした様子で理事長が言う。

「向山奈岐、これは同じ鬼としての情けだよ。
ま、分かってくれてると思うけれど」”

“「ああ、そうそう、高遠鼎?
キミは狼に気を付けることだ」

鼎「えっ……?」

理事長が私の隣で足を止め、小声で言葉を続ける。

頼継「狼ってね、牙より脚で獲物を狩る動物なんだよ。
追いかけ、疲れさせて、襲いかかる――
狡猾だ、怖い怖い」”

“鼎「奈岐……? 大丈夫?」

酷く怒った後、奈岐は黙り込んだまま、ずっと俯いていた。

奈岐「…………」

ゆっくりと近づき、奈岐の顔を覗くと、その頬には
大粒の涙が伝っていた。

幾筋もの跡を残し、
堰を切ったように涙が溢れ出している。

奈岐「うっ……ぐすっ……か、鼎……鼎っ!」

堪えきれなくなって、すがるように奈岐が私に抱きつく。

痛いぐらいに腕を回して、がたがたと震えながら、
私に抱きつき、声も無く涙を流し続ける。

鼎「奈岐……どうしたの……?」

奈岐「っ……」

唇が震え、言葉にならなかった。

奈岐に何が起きたのか、理事長と何を話したのか、
それは分からないけれど……。

私は奈岐の背中と頭に手を回し、そっと抱きしめる。

もし出来ることがあるとしたら、こうすることぐらいだろう。

奈岐“「……っ……ぅ……くっ……」

奈岐は私の腕の中で嗚咽を繰り返す。

怯えるような震えもおさまらず、
ただ私に強くしがみついていた。

鼎「奈岐……」

呼びかけても、しゃくり上げて喉を詰まらせたような声が
聞こえるだけで、落ち着く様子は無い。

理由なんて後で聞けばいい。
だから今は少しでも奈岐の支えになろう。

私は奈岐の頭を撫で、見た目よりもずっと細くて
頼りない身体を抱き続けた。

それから――奈岐が落ち着いたのは
数十分も後のことになる。

泣き腫らした瞼を擦りながら、
奈岐は部屋に帰りたいと繰り返した。

その理由は教えてくれず、
ただ帰りたいと子供のように繰り返す。

私はそんな奈岐に追及することなんて出来ずに、
彼女の手を引いて、寮へ戻ることとなった。”
脚本
演技
演出
作画
補足
⇒この場面で、またも犬扱いされる昌次郎。
全く動じない事が忠義の表れであるのは
(2-1-5-1 補足)同様
⇒昌次郎達と頼継は祠の封印が弱まりつつある為、
発生する穢れを祓っていた
(9-2-1 / 9-2-3)






7-3-1
状況
奈岐を連れて部屋に戻った鼎。パンを持って部屋に戻ろうとするも、末来に遭遇する。
未来と末来の真意を聞き、思わず怒りをぶつけてしまう鼎。部屋に戻る
時間
三十四日目・夕
場所
寮・奈岐の部屋
設定
伏線(大)
伏線(小)
テキスト
F9-26, 巫女の真実 / T3-1-2, 未来の決意 / T3-2-2, 未来、娘への想い / T3-4, 血の宿命
T5-6, 娘を戦わせたくない末来 / F2-5, 鼎の出生と勾玉の秘密 / F13-5, 鼎の資質
F12-5,
未来と末来の計画
推論二, 末来の計画) / H4-3, 末来の決意
f12-5, 末来の真実 / T4-5, 鼎の優しさと強さと公平さ

“部屋に戻ってから、奈岐はベッドの中で丸まったまま、何も言おうとしない。

ただ時折、寮の外から聞こえる学生達の声に反応して、ビクッと身震いをさせている。

奈岐は……酷く怯えていた。

鼎「……そろそろ夕飯の時間だね。何かもらってこようか?」

ベッドにいる奈岐に声をかけるが反応は無い。

奈岐は元より小食な方だけど、何か食べさせた方がいい気がする。

「私、少しお腹空いたし……ついでに何かもらってくるね」

いつもなら呼びとめてきそうなタイミングでも、奈岐は動かない。

食堂には長居せず、すぐに戻ってきた方が良さそうなのは確か。

そう考え、私は机の上にある鍵を借りると、奈岐の部屋を出た。

簡単に食べられそうなパンをいくつかトレイに乗せたところで、ロビーに戻ってくる。

食堂では八弥子さんや由布達に声をかけられたけど、
穢れと巫女のことを知った今は話づらい気持ちもあって、逃げるように出てきてしまった。

鼎「みんな、知らないだけなのに……それを怖がるなんて」

盲信という概念の恐ろしさ、それがこの学園中に溢れている。

違う、この織戸伏島全体がそうなんだろう。

巫女は贄となり、穢れに身を堕とす――その事実を、栄誉だらけの嘘で塗り固めてきた歴史が、この島に根付いている。

栄光の先に待ち受けるのが死であり、魂を穢れに囚われる呪縛であるのにも関わらず、皆が皆、それを熱望しているんだ。

積み重なる死と死。それを知らず歓喜する島民。想像するだけでも、私は恐怖してしまう。

鼎「…………」

息を吐き出す唇が震えている。

死に至る巫女の慟哭は決して島の人達には届かず、穢れとして虚しい叫びをあげることしか出来ない。

その叫びは言葉にならない。誰も知る事が出来ない。

穢れと化した巫女たちの絶望、無念さ、怒りや恨み――考えるだけでも、胸が締め付けられるように痛む。

末来「鼎……そんな顔をして、どうしたの?」

鼎「ッ――!?」

末来さんの声に驚き、手に持っていたトレイを落としかける。

末来「危ないよ」

末来さんが手を伸ばし、私の持ったトレイを支えてくれた。

鼎「ありがとう……ございます……」

末来「……鼎、元気が無いね。何かあった?」

心配そうに私をみつめる末来さん。

その表情に『まだ片倉末来を信じると言うのか?』という奈岐の言葉が重なっていく。

鼎「っ……」

思わず末来さんから目を背けてしまう。

どこまで末来さんは知っていたんだろうか……?

その答えが怖くても、私は聞かずにはいられなかった。

鼎「末来さんは……島が隠していること、知っていたんですか?」

末来「…………」

ほんの僅かに驚いた表情の後、末来さんは悲しげに視線を落とす。

末来「鼎はもうそこまで知ってしまったんだね」

鼎「末来さんは知っていたんですね」

末来「……穢れは悲しい存在、巫女の力でないと祓えない」

でも、その実体は巫女の成れの果てを巫女が祓うという循環。

そして、その巫女達は魂を穢れに変え、……また繰り返す。

鼎「知っていて、私を巫女になるように教えたんですか?」

末来「……そうだね」

鼎「あんな場所に……巫女が生贄になるような場所にお母さんがいるって言うんですか?」

末来さんはしばらく目を伏せた後、小さく頷いた。

末来「鼎のお母さんはあの場所にいる。鼎が望むなら、辿り着く道を示すことが……ボクの約束」

「ボクと鼎のお母さんとの約束なんだ」

無意識の内にトレイを握る手に力が籠っていく。

鼎「お母さんも末来さんも……私を穢れにするつもりなんですか」

末来「鼎、それは違う」

鼎「じゃあ……ペアになった子を?」

末来「それも違う」

鼎「じゃあ、あんな場所に何をしに行けって言うんですかっ!」

語気が強くなり、私は末来さんを睨んでしまっていた。

末来「それは……」

沈痛な面持ちで末来さんが口籠ってしまう。

その表情を見て、自分が熱くなりすぎていることに気付いた。

鼎「ご、ごめんなさい、私……つい……」

末来さんは首を横へ振り、いいよ、と呟く。

末来「未来は、鼎のお母さんは、二度あの場所に行っている」

鼎「二度……?」

末来「一度目は巫女として、二度目はこの島を守るために」

鼎「…………」

末来「彼女は稀代の巫女だった。全ての穢れを祓い、この島を呪縛から解き放とうとした――でも、失敗してしまった」

末来さんが胸の星霊石にそっと触れる。

末来「ボクを……助けてしまったせいで、失敗したんだ」

鼎「末来さんを……?」

末来「あの場所には……穢れを生み出す危険なものがある。ボクを助けるために、彼女はその封印を解いた」

「だから失敗した。それが一度目……そして、二度目。七年前、彼女はボクの代わりに封印を施しに行った」

七年前、お母さんが失踪した時――この島に戻った時だ。

末来「もし鼎が未来を探し、この島を訪れることがあったら……今度こそ負の連鎖を断ち切ることが出来る」

「それがボクと未来の考えだった」

織戸伏に続く穢れを生み出す循環――それに終わりを告げることが、お母さんがこの島でやろうとしたこと。

ようやく知ったお母さんの真意なのに……。

私は奥歯を痛いほど噛み締め、両手はトレイを持ったまま震え始めていた。

気を抜けば、頭が真っ白になりそうなのを限界のところで堪えている。

鼎「ホント……お母さんは身勝手ですよね」

末来「……そうかもしれないね」

鼎「この島に来るかも分からない娘に……どうしてそんなことを押しつけていくんですか」

「もし何も知らず、巫女になったとして……私にどうしろって言うんですか……」

末来「鼎は……特別なんだ」

鼎「……どういう意味ですか?」

末来「力を使いこなせていないけれど、キミは末来と同じ力を持っている……もしかすると、それ以上かもしれない」

末来「とても強い力だ。それで今度こそ織戸伏を――」

鼎「その考えのどこに私の意志はあるんですかっ!?」

頭の中が真っ白に弾け飛んだのが分かる。

音を立ててトレイが床に落ち、私の両手が拳を作っていた。

「勝手にいなくなって、また勝手なことばかり……!」

「ちゃんと話してくれないと、何も分からないじゃないですか……」

末来「それは……」

鼎「知らない方がいいことだってあると思います。でも知っておかないといけないこともあるんですよ」

「目を背けたくなるような現実でも……私はそれを知って、その責任を背負いたい」

「穢れの記憶を見たんです……あんな無念な思いを、巫女達はずっと繰り返してきた」

「私は……それを知らないことで済ませたくないです」

末来「鼎……」

鼎「お母さんが知ってる七年前の私じゃないんですよ、もう子供じゃないんです」

私はトレイを拾い、床に転がったパンを乗せていく。

それから立ちあがると末来さんへ頭を下げた。

「すみません、末来さんに強く言うことじゃなかったです」

「お母さんが末来さんに言っただけなのに……ごめんなさい」

なまじ姿が似ているだけあってか、感情的になってしまう。

落ち着かないと、しっかりしないと……頭の中で言い聞かせる。

末来「鼎、ボクも鼎には知らないままでいて欲しいと――」

鼎「少し頭を冷やします。奈岐も待ってますし」

末来さんの言葉を切り、一礼してから階段を早足で昇っていく。

織戸伏の秘密を隠し通そうとされたことよりも……。

もし私に責任が生じたら、それを庇うつもりだったことに、行き場の無い怒りを感じてしまっていた。

お母さんも末来さんも、最初からそのつもりだったんだ。

鼎「そんな形で……甘やかされても……」

悔しさだけが滲み出て、気付くと頬に涙が伝っていた。

目尻に浮かぶ水滴を振り払い、私はさらに早足で歩く。

今は少しでも早く、奈岐のいる部屋に帰りたかった。”
脚本
⇒鼎は、巫女の真実を教えて欲しかった。特別な力があるなら、それに見合う責任を負いたかった
⇒末来と未来は、鼎に戦って欲しくなかった。たとえ特別な力があっても、自ら望まない限りは巻き込みたくなかった


⇒親の心子知らず……と簡単に言うべきではないが、末来さんの真実と、穢れの更なる真実を知らぬ鼎にとって、
未来と末来さんに自分の気持ちを置き去りにされたように感じた事は確かだろう

⇒ある意味で反抗期、末来さんとの初の親子喧嘩とも取れる
演技
演出
作画
補足






7-3-2
状況
奈岐の部屋に戻った鼎。失意に暮れる二人。無為に時を過ごす。
勾玉に触れ、自分を取り戻す鼎。勾玉を奪う奈岐、追う鼎。
海岸の崖から捨てようとする奈岐。奈岐を信じて飛ぶ鼎。救う奈岐
時間
三十四日目・夜 ~ (三十五日目・朝 ~ 夕 ~ 夜) ~ (三十六日目・朝 ~ 夜)
場所
寮・奈岐の部屋 ~ 寮・廊下 ~ 寮前 ~ 森 ~ 海岸 ~ 浜辺
設定
・星霊石の力は、装束を纏わなくても、多少は使える
伏線(大)
伏線(小)
テキスト
T24-7, 変わる奈岐 / T17-12, 消え入るような鼎 / T25-2, 変わる鼎
T20-22, 奈岐への想い / T23-5, 奈岐への信頼 / T21-17, 鼎への想い
T4-6, 鼎の優しさと強さと公平さ

“半ば逃げ込むようにして、私は部屋に戻ってくる。

息を乱したまま、ドアに鍵をかけた後、手の甲で涙の跡を拭う。

鼎「奈岐、起きてる? ごめん、トレイ、床に落としちゃって……菓子パンなんだけど、さすがにアウトかな?」

出来るだけ気丈に振る舞おうと笑ってみせる。

だけど、ベッドで丸まっていた姿は無く……代わりに机の前で奈岐が俯いていた。

鼎「奈岐?」

奈岐「……もう嫌だっ!」

奈岐が手を払い、机の上に積まれた書籍を崩していく。

「こんなものもっ……もう必要ないっ!」

放り投げ、床に叩きつけ、紙のノートは破いて捨てる。

鼎「な、奈岐?」

怒りの火が灯った瞳で、ノートを握り潰し声を荒げた。

奈岐「あの男の言った通りだっ! 神狼の伝承に逃げ道を見つけて、逃げ続けた結果……その結果がこれだっ!」

「惨めだっ……穢れを知ることも、島の秘密を探ることも、全部が全部……化け物の自分を否定するため……」

「鬼と忌み嫌われ、独りだった自分を誰かに見て欲しかった……」

今まで記録をつけていたノートを奈岐が引き裂く。

「でも、真実に辿り着いてしまったら……もう何も出来ないっ」

「穢れのことも、巫女のことも……儀式も、生贄もっ!奈岐に出来ることは何一つ残されていないっ!」

「奈岐は……また、独りになるっ……」

散らばった紙の上に、奈岐が膝から崩れ落ちる。

そして、嗚咽が漏れ、静かな部屋に響き始めた。

鼎「……奈岐」

返事は無くても、言葉を続けていく。

「下の階で末来さんと話して……私も色々知っちゃったよ」

ベッドに座り、持っていたトレイを放り出す。

「私ね、何だか分からなくなっちゃった」

「お母さんに会いたいって気持ちで飛び出してきたのに……今は合いたくないって気持ちでいっぱい」

長い息を吐き出し、背中からベッドに倒れ込む。

「感情的になってて……いまの自分が分かんないよ」

「それは奈岐も同じだよね、きっと」

そう言葉にした時、身体に僅かな重みと温もりがのしかかる。

目に映ったのは、仄かな月明かりに煌めく猫毛だ。

奈岐が私に抱きついてきたんだと分かった。

だから、その細くて軽い身体に手を回して抱きしめる。

「奈岐に何か伝えないといけないって思うんだけど……言葉が出てこないぐらい……頭の中が真っ白なんだ」

奈岐「奈岐に……言葉なんていらない」

鼎「そっか。でも、しばらく……こうしていていい?」

すぐに頷いてくれた奈岐の髪を撫でていく。

柔らかい猫毛の感触が心地良い

「奈岐は……調べてたことが分かっちゃったから、また独りになるって言ったよね?」

奈岐「……鼎が奈岐という理由も希薄になる」

鼎「調べていたことは……一段落ついたもんね」

穢れのこと、巫女のこと――お母さんのこと、末来さんのこと。

どれも直視したくないような答えばかりだった。

私は決してお母さんや末来さんに裏切られたわけじゃない。

ただ……私の気持ちなんて置き去りにされていたことが何よりも辛かった。

七年もずっと放り出した挙げ句、私の気持ちなんて見向きもせず、また置き去りにしていこうと思っている。

だからだろうか、無意識に唇から弱音が溢れ出す。

鼎「でもね、今の私……奈岐がいないとダメになる」

胸が痛くなって、涙が止まらないのに……こんな自分が滑稽で笑えてくる。

もうお母さんなんて知らない。そう考えることは出来るのに、気持ちが否定してくるのだ。

やっぱり会いたい、でももう知らない。それでもお母さんに会いたい。だけど、もうお母さんになんて――。

感情と思考が入り混じっていくのが可笑しくて、また乾いた笑いが唇から漏れ出す。

鼎「あはは……私、ホントにもう……」

奈岐「鼎……もう止めよう……」

今にも消えてしまいそうな声で奈岐が呟く。

「もう巫女に関わるのは止めよう……」

「奈岐も……鼎がいないと……もうダメだよ……」

奈岐が私の肩に顔を埋めてしゃくり上げる。

鼎「巫女に関わる……こと……」

それは勝手にいなくなったお母さんが……押しつけてきた現実を受け入れること。

ずるいよ、そんなずるすぎる。

会いたかったら――もし会いたいと思うなら、その選択肢が一つしか無いなんて卑怯だよ。

「奈岐……」

「私……私、分からないよ……」

この島に来て、ううん……今の今まで生きてきて初めて自分がどうしたらいいのか、本当に分からなくなった。

何も考えたくない気持ちだけが身体中に反響する。

奈岐「鼎、分からないなら分からないでいい」

「ただ……こうしていよう?」

泣き腫らした顔をあげ、それでもまだ涙をたたえた瞳で、奈岐が私を見上げた。

鼎「そうだね……うん、奈岐とこうしていると……落ち着く」

互いの身体を抱きしめ合ったまま、暗い部屋の中、ベッドを転がる。

間近にある奈岐の頭を引き寄せ、頬を擦り合わせた。

涙で湿った頬に感触が胸を少しだけ痛ませる。

奈岐「鼎……奈岐は……」

鼎「……ん?」

奈岐「ううん……なんでも、ない……」

微かに頭を振るった後、今度は奈岐の方から頬を擦り合わせてきた。

それが少しだけくすぐったくて、でも不思議と心地良くて、触れあっていたい気持ちが高まる。

だから、私は奈岐を離さないようにと、小さな背中に回した腕に少し力を籠めた。

その晩――私達は一緒のベッドで手を繋ぎ合ったまま眠った。

私も、奈岐も……独りが怖かったんだと思う。

理事長が言った言葉――孤独が猜疑心を強める調味料なら、その逆、猜疑心は孤独を誘発する罠だ。

こんな気持ち……嫌だな。

だから、私はきっと……うん、きっと……。

翌朝、体調不良で授業を休むことを伝えた。

何も食べる気が起きず、ベッドに転がりなら、怠惰な時間を過ごしていく。

それは奈岐も同じだった。

同じシーツにくるまりながら、私の手を握って離さない。

時折、何かを求めるように私の顔を見つめることもあった。

たぶんその行為が意味するところ私は気付いていた。

でも、こんな気持ちで何かに応えることなんて出来ず、奈岐の頭を抱くことが精一杯だった。

何度か浅い眠りを繰り返している間に、もう西日が差しこむ時間になっていた。

寝返りを打つと、隣で奈岐が微かな寝息を立てている。

どこか安堵しながらも、あどけなさの残る顔立ちを見つめると、視線が逸らせなくなっていく。

逃げ場を求める感情か、それともずっと前からそうだったのかもしれない気持ちか――彼女を求めたいと思った。

抗えず、引き寄せられるに、奈岐の寝顔に顔を寄せる。

鼎「…………」

そして、唇が触れ合いそうになった時に思いとどまった。

何をしているんだろう――と自問が胸を苛んできたのだ。

奈岐「……どうして?」

うっすらと瞼を開けた奈岐から声が聞こえる。

奈岐「ダメじゃないよ……?」

甘い囁きは胸を高鳴らせた。

彼女にもっと触れたいという欲求をかき立てていく。

鼎「今の私じゃ、ダメだよ」

奈岐「関係ない……奈岐は鼎が好き」

きっと私も同じ気持ちだから、その言葉の意味は分かる。

だからこそ、彼女に触れたい。彼女を求めたい。

でも、最期のどこかで私を止める感情があった。

奈岐が女の子だからとか、そんなのじゃなくて……。

現実から逃げ出したい気持ちを抱えたまま、彼女と触れあうようなことはしたくなかった。

鼎「私も奈岐が好きだよ。でも……今はゴメン」

鼎「鼎……うん」

そんな私を許してくれる声に誘われて、奈岐の肩に頭を預ける。

そして、私は声もあげずにまた涙を零していた。

もう一日が終わろうとしていた。

時間の流れとともに角度を変える月明かりを、奈岐と一緒に眺める。

ベッドに座り、壁にもたれ、寄り添い合ったまま、ただ時が流れていく様を見ていた。

こうしていると、どこか現実から切り離されているかのような感覚に陥っていく。

この部屋だけが自分達の世界で、それ以外には何も無い――そう思えてしまった。

奈岐「……それはいいかもしれない」

私を覗き込んでいた奈岐が少しだけ楽しそうに呟く。

「ここ以外には何も無い……奈岐はそう思いたい」

手を重ねてきた奈岐が柔らかく微笑む。

鼎「……そう、だね」

目を閉じてしまえば、繋がる感覚は奈岐だけになる。

目を閉じてしまえば――。

時間の流れが曖昧になっていた。

昼過ぎに目が覚めて……。

違う……その昼過ぎに目を覚ますのは何回目だろう?

曖昧な記憶を探りながら、身体を起こす。

奈岐「鼎、起きた?」

奈岐がミネラルウォーターのボトルを差し出してくれる。

先に起きていたのか、それとも寝ていないのか、奈岐は壁にもたれた姿勢のままだった。

鼎「今って……いつだっけ?」

私はミネラルウォーターを受け取りながら奈岐に訊ねる。

奈岐「こうするようになって、朝日を見たのは二回目」

鼎「そっか……」

思ったよりも時間が進んでいない。

今の今までが忙しかっただけかもしれないけれど、不思議な感覚だった。

「お水、ありがと」

私は奈岐にペットボトルを返すとベッドで横になる。

今日、授業を欠席するって……連絡入れてないな。

そんなことを思いながらも、私は再び目を閉じてしまう。

また一日が終わろうとしていた。

傾いていく月明かりを奈岐と一緒に眺める。

ただそれだけの時間は、現実をかけ離れた自分達の世界。

それ以外には何も無い――きっと何も無い。

奈岐「……何も無くていい。鼎だけでいい」

鼎「…………」

繋ぎ合った手に視線を落とす

目を閉じて、耳を塞ぎ、この感覚だけに浸ってしまえば……。

「…………」

ふとシーツの上を彷徨った手が勾玉に触れる。

いつもは僅かな温もりを感じさせてくれた勾玉が、今は何故か焼けるように熱く思えた。

ドクンッ――と。その熱が沈んでいた意識を僅かに揺さぶってくれる。

「えっ……」

生まれたのは疑問だった。

本当にこのままでいいの?

また明日も、それから明後日も繰り返すだけでいいの?

この部屋は自分達だけの世界かもしれない。

でも、実際は違う。

現実で何が起こっているかを私は知っている。

私はもう知っているんだ。

そう……今晩もこの島では穢れが徘徊し、呪われた自身の姿に悲鳴をあげているだろう。

その事実を知っているのは限られた人のみで、知らない者からすれば、穢れという怪物の叫びだ。

穢れが何であるかを知るまで、私もそう思っていた。

でも、私は知ってしまった。なのに、目を閉ざそうとしている。

どうして?

そこまで来て、ようやく言葉らしい言葉が頭に浮かんだ。

お母さんに会うという目的が霞んでしまったから?

お母さんの身勝手に怒りを感じてしまったから?

鼎「私……それでいいの……?」

奈岐「……鼎?」

隣にいる奈岐が私へ視線を向けた。

私の異変に気付いた見鬼の視線だ。

でも、そんな奈岐に気を留めず、私は自問自答を繰り返す。

私は事実を知ってしまった――それなのに、目を閉じようとしている。

私はこんな人間だった? こんな性格をしていた?

違う。すぐに否定出来る。

怒りに我をわすれて、奈岐と一緒に失意のどん底にいるかのような時間を過ごす――それが私?

鼎「違う……違う。知っているなら、動かないと」

「お母さんに会うって目的が分からなくなっても……私は知ってしまったんだ」

「だから……立ち止まっちゃいけないのに」

そう立ち止まっちゃいけない。

私は知っているんだ。

この織戸伏の島で何が起こっているかを、私はもう知っているんだ。

指先で触れていた勾玉を握り締める。

穢れを生む連鎖、それを断ち切る方法があるなら、実行しないといけない。

でないと、今年もまた誰かが犠牲になる。

私の知っている巫女候補の誰か二人が穢れになってしまう。

知っているなら。知ってしまったなら。行動しないといけない。

これは正義感? 義務感?

似ているけれど、少し違うかな。

だぶん……お母さん譲りの性格なんだと思う。

負けず嫌いで頑固で融通なんて利かなくて――でも、どこまでも真っ直ぐだった。

だから、私も真っ直ぐに、立ち止まらずに進むんだ。

「ねえ、奈岐……私、決めたよ」

「この織戸伏が望んでいる巫女じゃなくて、お母さん達が選んだ巫女でもなくて……」”

「私は自分の意志を貫く巫女になるよ」

私も私の気持ちに従って、真っ直ぐに進むんだ。

真実を知ってしまったから、進まずにはいられないんだ。

奈岐「……鼎」

鼎「お母さんも同じことを誰かに言ったかもしれない。でも、今はちゃんと言葉にしておきたい」

「私は――この島の因習を断ち切る巫女になるよ」

穢れの記憶で見た絶望を繰り返さないためにも、事実を知った私が立ち止まっちゃいけない。

変えたいと思ったからには行動するんだ。

でも――。

奈岐「鼎……それは唐突過ぎる。感情だけで行動しようとしてる」

鼎「そうかもしれない。でも、今こうして塞ぎ込んでいるのも、感情だけで行動した結果だよ」

「なら、このまま突き進みたい」

奈岐は否定するかのように首を横へ振る。

奈岐「鼎……巫女は一対の存在だ」

「たった一人だけで体現出来る力は限られている。そのことは鼎も知ってるはず」

繋ぎ合っていた奈岐の手がいつの間にか離れていた。

「因習を断ち切る? どんな方法があるかも分からないのに、鼎は行動するつもり? もし失敗すれば、その魂ごと……?」

鼎「奈岐、私は少なくとも穢れのことを知った。もう見て見ぬ振りなんて出来ない」

奈岐がベッドを離れ、私と向かい合う。

その鋭い視線はきっと心の底まで見透かしている。

奈岐「鼎は一人でもあの場所に行くつもり?」

鼎「……そうだね、他に方法が見つからなかった場合、私はきっとそうする」

奈岐「奈岐は賛成出来ない。鼎を失うことになる……その可能性があるから、絶対に嫌だ」

鼎「でも、誰かが止めない限り、毎年犠牲が生まれる」

奈岐「そんなこと、奈岐達には関係ない」

鼎「そうだったかもしれない。でも、私も奈岐も穢れの記憶を見た。事実を知ってしまった」

奈岐「知るだけで命を賭けるような責務は発生しない」

鼎「でも、私には見捨てることなんて出来ない」

奈岐「鼎の母や末来の方法が必ず成功するなんて保証はない」

鼎「それでも、成功する可能性があるから、お母さん末来さんは私に賭けてくれた」

「私が思い通りに動くとは限らないけど、可能性があるなら、私はやってみたい」

奈岐「…………」

奈岐の言葉に対し、考えるよりも先に口から反論が出ていた。

幸か不幸か、考えを読まれずに話は平行線のまま。

奈岐「巫女は一対となってこそ。力を発揮することが出来る。きっとそれが最初の条件になるはず」

鼎「……こんなことを手伝って欲しいなんて言えないから、もし一人でも私は私なりにやってみせるよ」

奈岐「鼎……」

奈岐がベッドにいる私へ歩み寄る。

その視線は今までにないほど険しく――だけど、その目尻には微かに涙の粒が浮かび上がっていた。

奈岐「奈岐は鼎を失いたくない。そのためだったら、何でもする」

「他の巫女が穢れに堕ちても、奈岐はそれを見ないし、気にもしない」

「鼎がいてくれるなら、それでいい……だからっ!」

突然、奈岐が伸ばした手から冷気を感じた。

鼎「――ッ!?」

冷たい風が衝撃となって駆け抜け、私は背中から壁にぶつかる。

奈岐が星霊石の力を使った……?

奈岐「鼎を巫女にはさせないっ! 奈岐が守る!」

壁に少し強く打ちつけた頭を振るい、壁から身を起こす。

その時、腰に下げていた勾玉が無くなっていることに気付く。

鼎「……奈岐、私の勾玉を!?」

奈岐の右手には自分の星霊石、そして左手には私の勾玉握られていた。

奈岐「こんなものさえ無ければ……!」

問いかけには答えず、奈岐が部屋の入り口へ駆け出す。

鼎「奈岐、待って! 奈岐っ!」

私の声に立ち止まらず、奈岐が部屋から飛び出していく。

勾玉が無ければ、巫女の力は使えなくなる。

私を巫女にさせない――そう言った奈岐の声が頭に反響した。

言って聞かない私に対して、最も端的な実力行使かもしれない。

でも、確実な方法ではある。

「……奈岐っ!」

声を上げながら、すぐに私は奈岐の後を全力で追いかけた。

部屋を飛び出して視線を左右に。

奈岐の後ろ姿がどこにも無い。

鼎「まさか……!」

手すりに駆け寄り、廊下にあるロビーへ視線を落とす。

ドッ――。 奈岐がロビーに着地すると同時に冷たい風が頬を撫でる。

三階から飛び降りて、着地の衝撃を冷気で受け止めた……?

さっき私を吹き飛ばした時の応用だ。

出来るかもしれないとは思ったけど、いきなり、こんな状況で成功させるなんて――。

奈岐「――――」

私の視線に気付いた奈岐が一階の廊下へ逃げ出す。

既に寮は消灯しており、正面のドアは鍵がかけられている。

奈岐はいつもの空き部屋から外に出るに違いない。

急がないと――寮の外に出られたら、どこへ行くのか分からない。

奈岐のような真似は出来ないから、一階へ続く階段に向かって全力で私は駆けだす。

窓枠を蹴り、土の上に着地する。

鼎「奈岐は……!?」

再び視線を左右――見当たらない。

焦る気持ちを落ち着けながら、ぐるりと回りながら周囲を確認。

いない、どこにもいない。

森か学園の方へ逃げたのか、せめて何か分かる方法があれば……。

考えはするものの、その場で立ち止まってはいられずに、私は厚底で土を踏み、歩き出そうとした。

「…………これだ」

自分が残した足跡のすぐ近く、走り抜けたような小さな足跡を見つける。

奈岐の足跡だ。向かった方向は……森の中!

僅かに残る足跡を目で追いながら、私は夜の森の中へ入っていく。

視界はさらに最悪になった。

目を凝らさないと、奈岐の足跡を辿ることが出来ない。

だから、私は走るわけじゃなくて、足跡を確認しては早足で進み、確認しては進むの繰り返し。

これじゃ……追いつくどころか、引き離されてしまうばかりだ。

「――――」

ここまで続いてきた足跡へ振り返り、そして続いていく足跡へ目を凝らす。

どこか目指しているのなら、その場所さえ分かれば、全力で追いかけることが出来る。

寮を出て、森を北へ――いくつもの場所をが頭をよぎっていく。

その中でも印象強く記憶に残っている場所。

奈岐と一緒に何度も行って、御魂の訓練や色んな話をした場所。

その浜辺で……もし私の勾玉を捨てるとしたら?

ううん、違う。浜辺じゃない。

浜辺で勾玉を捨てるより、もっと効果的な場所から捨てるはず。

あの絶壁から勾玉を捨ててしまえば……きっと回収出来ない。

岩場は浜辺からそんなに遠くないし、方角も合っている。

「奈岐……はやまらないで」

地面の足跡を追っていた視線を真っ直ぐへ。

目的地はきっとあそこに――外れたら目も当てられないけど、追いつけずに終わるよりは、きっとマシだ。

小さく息を吸い込むと、私は岩場へ向かって走り出す。

追いつける、きっとまだ追いつけるはず。

そう信じて、そう繰り返して、息を切らせながら、森を突っ切る。

「はぁっ、はぁっ……!」

岩場に出ると視界が開けた。

月の明かりを光源に、荒々しい岩の山が照らし出されている。

肩で息をする間隔は短く、私の体力は既に限界に達していた。

額から滴る汗が目に入らないように、手の甲で拭う。

「奈岐……」

探し人の名前を呟きながら、残り僅かな気力を振り絞って、岩場を歩き始める。

カタッ――その時、耳に届いたのは小石が転がり落ちていく音。

吹き付けてくる潮風の仕業?

でも、僅かな違和感を感じて。

「奈岐――」

私は奈岐の名前を呼んだ。

まるでそこにいると、知っているかのように堂々と振る舞う。

幸か不幸か、私の予感は的中してくれた。

奈岐「……どうして追いつけた?」

岩の陰から色素の薄い髪を揺らし、奈岐がゆっくりと輪郭を顕わにする。

「勘か……裏をかけば良かったとも思ったけど、これはこれでいいのかもしれない」

鼎「どういうこと?」

奈岐が左腕を水平にして、真っ暗な海へ向けた。

その手に握られているのは――私の勾玉だ。

奈岐「これが無くなるところを見せれば、鼎はもう諦めるしかない」

「こんなことをして、許されるなんて思っていない。 でも……鼎がいなくなるのだけは嫌だから」

「鼎が奈岐と一緒にいてくれなくなっても……鼎が生きているなら、奈岐は独りじゃない」

奈岐の瞳に迷いは見られない。 代わりにあるのは強い意志だった。

「だから、この石を捨てる。鼎を巫女にはさせない」

一定の距離を保ったまま、奈岐と正面から向かいあう。

鼎「奈岐、私は約束を守るよ」

「指きりしたよね? 奈岐を独りにしないって」

奈岐「奈岐も約束を守るために……これを捨てる。鼎が生きていてくれれば、それだけでいいから」

奈岐の言葉を噛み締めるようにして一歩前へ。

鼎「奈岐、私は約束を守る。何があっても独りにしないよ」

奈岐「もし巫女になったら……守れない可能性の方が大きい」

鼎「奈岐、私は死なないよ。穢れになったりもしない」

力強く――想いが伝わるように言葉を口にした。

見鬼の術で視るだけじゃ決して伝わらないぐらいの想いを込める。

奈岐「鼎の言葉は信じたい……でも根拠が無い。だから、奈岐はより確実な方を選ぶ」

僅かにだけど、奈岐の瞳が迷いに揺れた。

鼎「奈岐、そのままでいいから聞いて」

「穢れになった巫女達のことを覚えてるよね? あんな想いがこの島ではずっと続いてきたんだよ」

穢れに堕ちても、最期の記憶だけは残し続けていた。

この島で起きている事実と、自分達が存在を伝えるため、穢れに堕ちる瞬間まで――記憶を残してくれていた。

「巫女の中には、私や奈岐と同じ想いを抱えた子達もいたと思う。でも、その子達も穢れになって……苦しみ続けている」

「そんな想いをもう繰り返させたくない。私にはそれが出来る」

「穢れになった巫女達を。これから先、巫女になる子達を――助けられる可能性が私にはある」

目を伏せた奈岐が、私の意志を否定するように首を振った。

奈岐「それは希望でしかない。巫女が救われる方法も見えなければ、鼎が助かる保証だって無い」

「そんな一か八かの望みになんて賭けられるわけが無い」

「だから――これ以上の話し合いは無駄だ」

奈岐の左手が勾玉を強く握り締める。

鼎「奈岐、私は守るから。約束も、これからの巫女達も」

奈岐「なら、奈岐は鼎だけを守る……それで、それだけでいいっ!」

奈岐の左手が大きな弧を描いていく。

肩から指先まで真っ直ぐに伸び切った腕、その手から勾玉が放たれる。

底が知れない、暗い海へ向け、勾玉が投げ捨てられた。

鼎「奈岐――守ってくれるって、信じてるから」

この瞬間を逃さずに、私は中空へ向かって跳ねる。

腕を伸ばし、海へ放たれた勾玉を掴み取ろうと、私は崖の先端から飛び出す。

ほんの一瞬だけの浮遊感の後、数十メートル下にある海面へと強烈に引き寄せられる。

鼎「届いて――!!」

振るった指先に、勾玉を繋ぐ紐がかすれた。

あと一歩、届かない。海面まで数秒も無い。

だから、これがきっと最期の悪足掻きになる。

鼎「――燃えろッ!!」

届いた手を拳に変え、勾玉の力を解放させた。

視界の端、火の粉が無数に並ぶ赤い線を引いていく。

海面にぶつかるまでに、勾玉を巫女の力へ変えることが出来れば、そんな最期の悪足掻き――。

でも、そんな悪足掻きも一秒に満たない時間が足らない。

そう確信出来ても、私は力の解放を止めずに――。

奈岐を信じた。

奈岐「鼎っ!!」

明らかな怒声。でも、遠くない。すぐ近くに聞こえた。

そして、私の周りに火の粉だけでなく、冷たい氷が舞い始める。

「衝撃に備えるっ!!」

星霊石を輝かせ、落下を加速させ、奈岐が私に追いつく。

私の身体に回される細くて白い腕――それを確かに感じながら、
奈岐がくれた一瞬という時間に全てを賭ける。

熱という熱を爆発させ、勾玉を炎へ変化させていく。

鼎「くっ――!」

奈岐「このっ!!」

海面が手に届く距離で奈岐が星霊石の輝きをさらに強めた。

寮の三階から飛び降りた時と同じように、衝撃を受け止められる力を解き放つ。

同時に私の身体が炎を纏っていくのを感じた。

きっと、間に合った――!

でも。

視界が夜の海に飲まれ暗転した。

衝撃を和らげたとはいえ、海面に叩きつけられた痛みが遅れてやってきて、集中力が途絶えそうになる。

だけど、身体を包む力の本流は。まだ私の感覚の中にあった。

力が発現しているなら――今度は私が奈岐の腕を取り、海底へ引き寄せる波の揺らめきに抗う。”

力に力をぶつけ、海面へ――!

バシャバシャと音を立てて、波打ち際から浜辺へ向かう。

トンデモなことをしたけれど、私も奈岐も怪我一つ無く、
全身ずぶ濡れになる程度で収まってくれた。”
脚本
⇒この場面(奈岐の部屋での最後)で、鼎は自らの意志で戦うことを選んだ。
それこそが、未来と末来さんが真に求めた事だった(T-2)


⇒二つ前の場面から続く、この場面における奈岐も、変化に伴う痛みだと見なせる。
改めて自分自身が何者なのかを、頼継に見せつけられたことによって、奈岐は知ることとなった。
自分を知る事は、次へと至る為の第一歩だと、筆者は考える。
真の後日談にて、鼎への想いが結実するまでは、偽りが含まれていたという事が語られる。

⇒二人に訪れる最大の精神的危機が描かれている。飛躍の前には充分な助走と、一度屈む事が不可欠。

⇒段階を踏む事の大切さは(
4-2 脚本)にある通り。お互いを逃げ場にして、そうした行為に及ばなかったのが良い。

⇒小道具の使い方もやはり上手い。この場面では、そこに居ない人の想いに触れる為の道具として用いられている。
それらの内で最も代表的な物は、写真や手紙など。小道具は少なく、用途が多いほど優れていると、筆者は考える。

⇒奈岐に対する信頼を、鼎は行為で示した。言行が一致してこそ、言葉は真に意味を持つ
演技
演出 ⇒同じ曲を、シーンを跨いで用いることで、逼迫した状況を演出。気持ちが切り替えられない事を表現している
作画
補足

 

Copyright c 星彩のレゾナンス ファンサイト All Rights Reserved.